院長紹介
生い立ち
生まれは香川県ですが、すぐに父の仕事の関係で奈良県に引っ越したのでほぼ奈良出身です。父母姉と私の4人家族で小中高大と全ての時期を奈良県でのんびりと過ごしました。中学時代には部活のバレーボールで右の膝と足首に慢性的な痛みを持ち近所の整骨院に通い、その時に初めてこの仕事を知ることになりました。
高校時代には特に将来に関しての「こんな仕事がしたい」などの希望もなく、とりあえずという考えで大学に進学し、さらに就職活動時にも漠然と「とりあえず安定している会社ならいいかな」という情熱のない感じで活動をしていく中で販売業の会社に内定をもらい就職しました。
社会人となり長時間労働で休日出勤もあり、かなりハードな仕事でしたが良い上司や同僚に恵まれ、また学生時代にはない充実感もあり楽しく仕事をさせていただきました。
医療への憧れ
入社3年目で仕事もある程度は任されるようになった時期に通勤途中のバイクで車と接触して3カ月間入院しました。左肩の骨折で手術後は動かしづらくなりリハビリ生活となりました。
その時にリハビリ業務を行う理学療法士の方に施術や指導を受け、メキメキと肩は回復し同時に理学療法士の方の深い知識や患者さんの症状に合わせた的確な施術に「カッコいい!」という単純な憧れが芽生え「いつか医療の世界で仕事をしてみたい」と考えるようになりました。
医療の道を目指す転機
転機は入社6年目、事故から3年経ち医療の世界には憧れをもっていたもののなかなか踏ん切りがつかず仕事を続けていましたが「30歳手前のまだ若いうちに決めよう」と決心し仕事を辞め柔道整復師学校に入学しました。
その時期は整骨院として独立のできる「柔道整復師」という国家資格に興味があり、「人のためになるヒーローみたいな存在になりたい!」という想いで勉強を始めました。
学校の期間は3年間、最初に解剖学や生理学などのさまざまな教科の本をいただいた時はその膨大な覚える量に「これは中途半端な気持ちでこの仕事はできないな」と覚悟を決めました。
整骨院に就職
資格を取ってからは本格的に患者さんの体に触り施術できるのですが当時の私は務め先の整骨院で悩みをかかえていました。それは「良くならない」と「良くなってもすぐに戻る」という問題でした。
「あんなに勉強して、毎日練習しているのに…」と自信を失っていましたが「悩んでいる場合じゃない早急になんとかしないと」という思いで、勤め先が教えてくれている手技以外にも外部で手技を教えてくれるセミナーなどに通いだしました。
開業
さまざまな手技を学びはじめました。マッサージ・トリガーポイント・関節矯正・頭蓋調整・エネルギー療法、その他もろもろ。そうしている中である程度は結果を出せるようになり整骨院修業7年を経て地元の奈良県にて開業しました。
開業してからも週末は手技セミナー、仕事終わりには学校の同窓生と集まり勉強会など貧欲に学んでいましたが、ここである一つの悩みが出てきました。それは”重症患者さんに対応できる技術が乏しい”でした。
DRTという手技との出会い
他になにか学ぶべきものはないかと試行錯誤している時に友人から「東京のお茶の水にすごい技を使う先生がいるよ」と聞き、ちょうど私ではなかなか改善させることができない妻の股関節痛があったので妻を受診させるために一緒に東京まで行きました。
そして施術を受けた次の日の朝、「痛くない!」と妻が叫び、たった一回の施術で股関節は改善していました。私は治せなかった自分に対して悔しいと同時にこの手技を学びたいという感情が湧きだし、すぐにこの手技セミナーの申し込みをしていました。これが私のメイン手技”DRT”の出会いです。
そして現在
DRTを使い始めてからは今まで苦労していた重症患者さんも驚くほど回復して、その姿を見てると本当にこの手技に出会えたことに感謝する毎日です。
現在ではDRTを使い続け5年、セミナーにも通い続けマスターインストラクターの認定も受けました。しかし今の現状でも満足せずに悩みを抱える患者さんのためにも、さらに上の施術を提供できるよう学び精進していく心構えです。